旗本退屈男・謎の珊瑚屋敷 |
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■公開:1962年 |
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本作品はその偉大すぎるマンネリシリーズの最後っ屁、にしては監督・中川信夫の猟奇味溢れる演出がすぐれた一作である。 殿様・市川右太衛門の馴染みの湯屋の女将が行方不明になる。さっそく町の若衆、品川隆二、水谷良重に彼女の身辺調査を依頼、やがて女将と大店の主人の死体が大川に浮かぶ。町方は無理心中として事件を処理するが、どうやら主人の店の番頭が怪しい。殿様は事件の真相究明に乗り出す。 しかし、この退屈男ってキャラクターは凄い。全ての動機が「また退屈の虫がさわぎだしたぞ、わっはっは」のみ。金銭欲、性欲、物欲、あるいは職務上の義務、等々から一切解放された「たいくつしのぎ」という明快なトリガー。彼の言動には必然性というものが全然ないのが素晴しい。 とにかく彼はよく目立つ。ボリューム感満点の体躯に、これでもかと言うくらいひんむいた「目ん玉」の迫力、アイラインばりばりでおまけに付けまつげもしていたのだ。アップではぜったいにまばたきしないので、見ているこっちがおもわずドライアイになってしまうのでは?と心配になるほどだ。 退屈男は実に堂々としている。身分を隠してだましうちにする「水戸黄門」とはえらい違いだ。犠牲者を出してから事件を解決するのが一般的な時代劇のヒーロー像だとするならば、「旗本退屈男」はその存在感でもって、悪者たちが悪事を実行するのに二の足を踏ませるという「抑止力」を発揮するのである。まことに希有な正義の味方と言えるだろう。 そして衣装のゴージャスなこと。大体、1作品で5〜6回の衣装替えなんてザラだ。品川隆二が「たいへんだ〜」と飛び込んできたときと「よし、出かけて参るぞ」と外出先ではちゃんと衣装が違う。それがいずれも、ものすごく派手。まるで「歩く錦鯉」のような風情である。 そして英雄色を好むのたとえ通り、退屈男には常に、ちょっとおきゃんな町娘やら、すれっからし風の巾着きりなどの、イキなお姉さんがおまけについてくる、しかしちっともエロくならないのは、市川右太衛門の育ちの良さだ。今回のお相手は少々おヴァンプな水谷良重だ。お殿様におねだりばっかりだが、いつもスカされる。それでもかいがいしく尽くす様はなかなか可憐でよろしい。 物語は、番頭がライバルの商店主とグルになって主人を謀殺、あまつさえ一人娘も毒牙にかけようって話なのだ。父娘二人きりのところを、天涯孤独の身の上になった娘は健気にも父親の死の真相を探ろうとする。そして立派に店を継ごうと帳簿を勉強したりするのだ。それを見た番頭が悪事の露呈するのをおそれて娘を襲う!だがその番頭も空手使いの悪党に倒される。 悪党共の大宴会。余興の唐手品の「箱抜け」で花魁のかわりに登場する退屈男!さあ、チャンバラの始まりだ!。諸刃流正顔崩し(あってるか?字)を受けてみよ! この、宴会をしている「珊瑚屋敷」のセットはちゃんと一軒分丸々組んであるから、殺陣の最中、カメラが、がーっと廻り込んでも全然見切れない。いーよねー、こういうのが本当の豪華時代劇って言うんだよねー。最近の時代劇って、カメラがパンしないでしょ?そーなの、セットを「そこだけ」しか組んでないから振れないんだよね。窓抜けのカットもセコイしさ。 見えないところまで作りこんで、良いアングルを選ぶのって今ではすごく贅沢なんだけど、この映画ではそれが惜しげもなくドドーンと見えてすごくリッチな気分。 近衛十四郎のリアルな殺陣も長谷川一夫のダンサブルな殺陣もいずれも好きなのだが、その両方の良さを併せ持つ市川右太衛門の殺陣は、まさに芸術品。最近の、特に大河ドラマのドンくさい殺陣に慣れていると、度肝を抜かれるぜ! で、タイトルの「謎の珊瑚屋敷」ってのは密輸品をハリボテの珊瑚に隠して、それを床柱にしているお屋敷が事件の舞台だから。最後は桜並木をお手々つないで水谷良重と市川右太衛門が去っていくシーンで幕。だけど早乙女さん、桜の枝を折るのは止しなさいね。 (1997年03月19日) 【追記】 |
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※本文中敬称略 |
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file updated : 2003-05-16