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日本のいちばん長い日


■公開:1967年

■制作:東宝

■製作:藤本真澄、田中友幸

■監督:岡本喜八

■助監:渡辺邦彦、山本迪夫

■脚本:橋本忍

■原作:半藤一利(大宅壮一・篇)

■撮影:村井博

■音楽:佐藤勝

■美術:阿久根巖

■編集:黒岩義民

■照明:西川鶴三

■録音:渡会伸

■主演:三船敏郎

■寸評:


 現代劇が主体の東宝では、頭をマルガリータにしないといけない陸軍ものは少ない。したがって、東宝の若手から中堅男優はほとんど出演しているのだが、営業活動に影響が大きいと思われるスタアは民間人役か出ていないか、どっちか。例えば、丸刈り組は三船敏郎、黒沢年男、井上孝雄、高橋悦史、土屋嘉男、中丸忠雄、久保明。丸刈りしてない組は加山雄三、江原達怡、小泉博、小林桂樹、加東大介、児玉清。そもそも出ていない組は池部良、宝田明、夏木陽介、佐原健二、黒部進。ね?なんとなくわかるっしょ?若大将とサラリーマンとメロドラマとホームドラマの主役が丸刈りってどうよ?

 畑中少佐(黒沢年男)と椎崎中佐(中丸忠雄)が自決するシーンは皇居の中間芝でゲリラ撮影。万が一のときのことを考えて役者はともかく逃がすとして、監督自身は捕まる覚悟をしたらしい。で、ブタ箱には歯ブラシが無いと聞いて密かにポケットに持参していたそうだ。

 そんなこんなであるから、いくらフィクションであると断わり書きをいれても実在の人物を実名で登場させるときには相当神経を遣ったと思われる。

 戦後20年以上を経過しているとはいえ、遺族はもちろんまだ存命中の人物も多くいるこの作品には「実名」で昭和天皇が登場する。玉音放送、御前会議のシーンで姿形は遠目にぼやけているが声は明瞭に聞こえる。演技者=声の主(松本幸四郎)は言われてみればなる程とわかるが本物と区別がつかないくらい似ている絶妙のキャスティングである。

 ポツダム宣言が「黙殺」から「拒絶」と解釈されて広島/長崎に原爆が投下されついに日本は終戦を迎えることになった。有史以来、敗戦の経験がない国家における不安と焦り。映画は渦中の軍部と内閣の動きを克明に取材した大宅壮一・編集(半藤一利・本文)を映像化している。特に戦争の責任はもとより自分達のレーゾンデートルそのものをゆるがす「敗戦」に拒絶反応を起こした軍人達のパニックが凄まじい迫力で描かれる。

 近衛師団長の暗殺、ニセの命令書を作成し宮城を占拠し、玉音盤(レコード)を強奪しようとする青年将校達。対してこの敗戦処理をすみやかに行うために奔走する閣僚と官僚、終戦前夜に特別攻撃隊として出撃していくゼロ戦、日本が未曾有の事態へ向かって刻一刻と進んでいく姿。

 近衛師団長・島田正吾のところへ決起を促すべく反乱将校の黒沢年男中丸忠雄が交渉に赴く。決起の意思が無いと判断されたその時、駆けつけた中谷一郎が島田のからだに日本刀を降りおろす。「椿三十郎」レベルの血飛沫とともに床に音を立てて落下する師団長の首。あたり一面の流血。興奮しきった中谷一郎の手は硬直して握った日本刀を離せない。机に軍刀の柄をたたきつける音。これらが一気に、劇伴なしのモノクロの画面で繰り広げられるところは、一級のホラー映画の迫力だ。

 反乱が失敗し玉音放送が流れ、徹底抗戦をさけぶアジビラがまかれ、青年将校達は宮城前で自決する。陸軍大臣、阿南・三船敏郎は自宅で、元近衛師団だったときのワイシャツを着て切腹する。別に軍人精神を称えるわけではないけれど、この映画で描かれたような軍人達の多くは殉死することもなく、戦争犯罪人として裁かれることもなく、その後も生き延びていく。

 岡本喜八監督の戦争に対する「怒り」はこの映画のいろんなところに見受けられる。特別攻撃隊を見送る士官・伊藤雄之助の姿に、岡本監督の怒りが特に集中しているようだ。当時食料事情が悪かったから甘いものに飢えていたであろう少年のような兵隊が出撃直前にうまそうにボタモチを食べているシーン。二度と帰らない少年たちを見送る中年の伊藤のショットには、静かだが強烈なメッセージを感じた。 しかし、よく見ると玉音放送当日、伊藤雄之助は特攻機が出撃して、ただの一機も還ってこないがらーんとした飛行場を見つめて静かに涙を流すのである。他の出演者が概ね搾り出す涙であったのに対して、このシーンだけは溢れ出す涙。戦争に負けた悔しい涙、犬死を止められなかった悲しい涙。見るほうの都合で自由な選択ができそうだ。

 青年将校達の交通手段は自転車。夏の暑い盛り(8月14日)にかなりボロい自転車をキーキーいわせながら漕いで行く。軍服ったって今みたいに上等なサマーウールとかじゃないから、毛布みたいな分厚い素材なのにその上に染み出した汗。この暑さと汗が私には印象深い。単なる軍部のテロ映画ではなく、戦争に疲弊した日本と日本人全てにとっても「長い一日」だったんだなあということが、市井の人々がほとんど登場しないにもかかわらずとてもよく伝わってきた。

 ナレーションの仲代達矢、新聞記者の三井弘次(「天国と地獄」のときも良かった)、NHKアナウンサーの加山雄三、近衛師団の反乱将校の佐藤允、シーンは少ないがいずれも重要な役で登場する、東宝のオールスター戦争映画。

1996年10月19日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2008-12-01