「日本映画の感想文」のトップページへ

「サイトマップ」へ



■公開:1959年
■制作:大映
■製作:
■監督:市川崑
■助監:
■脚本:市川崑、和田夏十、長谷部慶次
■原作:
■撮影:
■音楽:
■美術:
■主演:京マチ子
■ワンポイント:そして婆さん(北林谷栄)だけが残った。


 先般、老人ホームに入居していた呆け老人が農薬を誤って飲んでしまい死亡するという事故があった。この映画は金持ちの家に長く仕えていた老婆が、色惚けした主人を見限って浮気三昧の後妻、自堕落な娘、母娘を二股かけている医師を毒殺する。

 資産家・中村雁治郎は、肉感的な後妻・京マチ子に欲情しない自分の体の衰えに愕然とする。おまけに少し呆けの症状も自覚していたので彼はさらに落ち込むことになる。一人娘・叶順子は医師・仲代達矢と婚約していた。叶順子は仲代が父親の資産目当てであることは納得していたが、あろうことか彼が京マチ子とも関係していたのを知ってしまい、ただでさえ陰鬱な性格をさらに底無し沼に沈めてしまう。

 中村雁治郎は半寝たきり状態になり、家にあった骨董品を売り払ってなんとか生活していた。時々、居間に置かれたベッドの傍らで、ラジオ体操などをしてみるのだが、景気良く転んでしまったりして、どうにもならない。仲代医師から、夫の心臓が弱っていることを聞いた京マチ子は、遺産を一日も早く手に入れたいと考え、雁治郎の目前で素っ裸になって見せる。久々に見た「熟女の裸体」にムラムラっとなった雁治郎は「やっとワシにも春が戻ってきたか!」と思ったのも束の間、欲情のマグマが心臓をアタックしてしまい帰らぬ人となる。

 一段落して、仲代達矢と叶順子、それに後家の京マチ子が仲良く食卓についている。これから奇妙な共同生活が始まるのだ。テーブルに供された「サラダ」を一口食べると変な味がした。「このサラダおかしいですよ」と仲代が言ったとたん、叶順子が倒れる。意識がもうろうとなった京マチ子はかねてから、色盲のケのあった使用人婆さん・北林谷栄が、農薬と調味料の缶を間違えたことに思い当たり「間違えたのね、、」とつぶやいて死んでしまう。

 荘厳な玄関から運び出される「3つ」の棺。「そして僕達はみんな死んでしまった」という仲代達矢のナレーションが入る。警察に自首した北林が「主人の仇を討つためにオラが殺した」といくら言っても、「婆さんモウロクしてんだからさあ」と一向に殺意を認めてくれない。結局、事件は事故として処理され、犯人にしてもらえなかった北林はブツブツ文句を言いながら警察を後にする。

 中村雁治郎(先代)は歌舞伎の世界から映画界に来た人。ねっとりしたヒヒジジィなど演らせると怖いほどキマっていた。いや別に御面相が「猿顔」だと言ってるわけじゃないんですが。この作品でもお色気(とお肉)満々の京マチ子の「役立たずネ」と言いたげな視線にすこぶるイジける、スケベじじいを熱演。しかし、この世の見納めが「京マチ子の観音様」ってのはいかがなものか。叶順子なら、まだ納得できるのだが、、、ひとまず同情しておこう。

 映画前半の官能的と言うか、変態的と言うか、ブルジョワ連中のやることはさっぱり分からんな、というような隠微でエッチな雰囲気からの唐突な全滅シーンは、なんともブっちぎりの感がある。原作は読んでいないのだが、物の本によればラストのどんでん返しは市川崑監督のアイデアとか。宮川一夫カメラマンによる旧家のたたずまいや、邸宅周辺の風景などが芸術的に美しいので余計に強烈なラストであった。

1996年09月18日

【追記】

※本文中敬称略


このページのてっぺんへ

■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-08-17