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君は海を見たか


■公開:1971年
■制作:大映
■製作:
■監督:井上芳夫
■助監:
■脚本:倉本聰
■原作:倉本聰
■撮影:
■音楽:
■美術:
■主演:天知茂
■ワンポイント:


 ほとんどすべての色敵俳優には生活感というものが皆無である。それに「泣く」ということもまず見られない。本作品のような、市井の小市民=天知茂というのはとても珍しい、と同時にちょっとSFである。

 海洋開発の会社に勤めている技師・天知茂は仕事人間。妻に先立たれた家庭には息子が一人。男所帯ではなにかと不便なので天知の妹が同居して二人の面倒を見ていた。天知には再婚の話もあるのだが、仕事にかまけてなんとなくほったらかし。息子が体の不調を訴えたのもうわの空で仕事に熱中している。甥っこの異常に気づいた妹が医者に診せると、息子は小児癌であることが分かる。

 息子の病気を知ってからの天知は豹変する。会社を辞職し、息子と一日中べたべたと過ごす。もちろん息子は自分が何の病気なのかは知らないが、父親が傍にいてくれるのが嬉しくてたまらない。病気は一向に良くならず、天知は癌に効くという療法を全て試し、名医がいると聞けばどこへだって駆けつけた。息子のために病的に奔走する天知と妹が口論しているのを耳にした息子は自分が重大な病気なのではないかと疑い始める。

 今まで家庭的なことをしたことがない父親が、いきなり慣れないことをしたので無理が出たのか、子供は押し付けがましい父親の愛情に体して徐々に反抗し始める。息子は父親が大切にしていた仕事を自分のために放り出したのにちょっぴり責任を感じて、建設中の海洋プラントへ連れて行ってくれるように頼む。

 タイトルの「君は海を見たか」というのは、親の愛に恵まれなかった息子が学校で真っ黒な海を描いたのを見た担任教師・中山仁が「君は本当の海を見たことがあるのか?」と言ったことによる。息子は自分から父親を奪った「海」を憎んでいたのだ。

 会社を辞めても仕事熱心だった天知を大歓迎する現場の人々。夜、息子の将来をあれこれ想像して語ってやる天知茂がいい。万が一、完治したら中学生になり、大学生になり、恋をして結婚し子供が生まれる。あたりまえの未来ではるが、たぶんそれは実現しない。それを分かっていながら淡々と息子に聞かせる天知茂。だがその夢は、もろくも打ち砕かれる。

 息子の葬儀を終えた天知の元に担任教師から一枚の絵が届けられる。それは生前息子が旅先から送ったものだった。以前は真っ黒だった海が目も醒めるような紺碧の青に塗られている。彼は父親が愛した海をやっと自分も愛せるようになったのだった。

 その矢先、彼は逝ってしまったのである。絶望する天知が無言で泣き崩れるシーンでこの映画は終わる。

 お涙ちょうだいのわざとらしい映画かと思いきや、天知茂という所帯臭さゼロの一見ミスマッチとも思えるような配役を得て成功した。だが、クライマックスで息子の病状悪化を知らせる重要なシーンではあるのだが、スクリーンいっぱいに映し出された「和式便器の血尿」だけは閉口した。愕然とする天知のアップにフラッシュバックで挿入される「血尿」。泣いていいのか笑っていいのか悩むシーンだった。

1996年10月02日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-08-17