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この子の七つのお祝いに


■公開:1982年
■制作:松竹、角川春樹事務所
■監督:増村保造
■助監:
■脚本:松木ひろし、増村保造
■撮影:小林節雄
■音楽:大野雄二
■美術:間野重雄
■主演:岩下志麻
■寸評:岩下志麻がセーラー服を着るホラー映画。


 本作品は増村保造監督の遺作になりました。撮影中は体調を崩していてとても辛そうだったということです。原作は1980年に創設された角川書店主催の横溝正史賞の第1回受賞作品です。

 大蔵大臣の私設秘書、秦・村井国夫の愛人、青蛾(麗子)・辺見マリが手相占いで政界財界に影響力を持ち始めている事実を知ったフリーのルポライター、母田・杉浦直樹は後輩の記者、須藤・根津甚八からちょっと変わったママのいるクラブを紹介されます。ママの名前はゆき子・岩下志麻。母田はゆき子と関係を持ち、彼女のおそるべき素性の秘密を知らされます。

 ゆき子は小さい頃、ものすごい貧乏で母親の真弓・岸田今日子と二人暮しでした。真弓は寝物語に「あなたと私を捨てた父親は極悪非道、かならず復讐してね」と笑顔で聞かされて育ちました。そして彼女の七歳の誕生日の朝、母親は晴れ着を着た娘を抱いたまま布団の中で血まみれになって自殺したのでした。

 そんなわけで、ゆき子はろくすっぽ証拠も無いのになんとか父親を探そうとしていていたのですが同時に強く父性にあこがれてもいたのです。

 こんなショッキングな幼児体験のおかげで「復讐するは我にあり」と心に誓って成長したゆき子は、異常な情熱でもって天才的な占い師になります。彼女の占は手相専門。なんて気の長い話だろうと思いますが、情熱というのは恐ろしいもので、ゆき子は幼馴染の麗子を影武者にしてたった一つの手がかりである父親の「手形」と同じ手形を持つ人物を探しつづけていたのです。

 ゆみ子は復讐のためなら、猪突猛進の手段を選ばない人で、一度は心を許しかけた母田が不治の病と知ると彼を殺してしまっただけでなく、「実の父親を殺すなんてそんな怖いことやめましょう」と説得しようとした麗子=青蛾までナタでギッタギタにして殺してしまうのでした。

 やっとこさめぐり会えた父親の高橋佳哉・芦田伸介は終戦直後、奥さんと生き別れになってしまい放浪していたときに、ゆみ子の母、真弓と知り合って結婚しましたが、食糧事情の悪いときに生まれた一人娘がすぐに死んでしまった事実を認めようとせず頭がパーになった真弓が怖くなって逃げ出しました。そして離れ離れになった前の奥さんと再会してすぐにまた女の子を授かりますが、ブレーキの壊れたダンプカーと化した真弓が突如現れてその女の子を誘拐し自分の娘として育てたのでした。

 この事実を須藤から聞かされたゆみ子は大ショック。高橋からも「お前は狂った女に殺人鬼として仕込まれた気の毒な人」であると正面切って言われてしまい、とうとうゆみ子は「この子の七つのお祝いに」を口ずさみながら壊れてしまいます。

 「おかあさん、私の人生を返してえええええ」と懇願するゆみ子の咆哮に須藤と高橋は思わず憐憫の情をもよおすのでした。

 「鬼畜」でも実証しておりますが、キレた岩下志麻の迫力はハンパじゃございません。特に親友の辺見マリを惨殺するときは「ゴメンナサ〜イ」とドスが効いた声で叫びながら座った目をして辺見の体へナタをザクザクと降りおろします。「ン、ン、ガー!」とも聞こえるような迫力ある絶叫とうか鼻息で、なまじきれいなお志麻さんだけに、返り血を浴びて立たずむそのは「キャリー」のS・スペイセクも脱帽して尻尾巻いて逃げ出すのではないかと思われます。

 それよりなにより、観客の寿命を100日は縮めたと思われるのが「おさげ髪にセーラー服」姿の岩下志麻です。いくら回想シーンだとはいえ、すでに齢40を過ぎた「おばさん」がメイクはほとんどそのままで、女子高校生だと言われたって見てるほうは困ります。イメクラじゃないんですからね。演った岩下はさておき、演らせた増村保造監督の意気軒昂さが凄いです。

 増村作品のヒロインはいつも無軌道なほどの情熱がほとばしっていますが遺作となった本作品でもそのパワーは衰えを知りません。

 お志麻さんも怖かったですが、やはり本作品のキーパースンは増村監督の盟友(かもしれない)岸田今日子でしょう。なんていうんですか、彼女の場合は、小さい頃からチヤホヤされずにそれでも一生懸命生きてきた女がやっとつかんだ男運、だけどそれって大抵は利用されるだけか独占欲が強すぎて男に逃げられるかしてポイされて、肉欲をもてあまして挙句に発狂、果ては心中未遂か殺人事件に発展するのがいつものパターンのような気がしますが、本作品では死んだ後までそのあふれんばかり復讐のパッショネイトを他人の女の子供に刷り込んで復讐鬼にしてしまうという物凄さです。

 とにかく出てくる男どもの印象が紙切れのように薄いというのも増村作品の王道で、本当にこれが最後になってしまったのが悔やまれます。もっともっと見たかった、もっともっと狂ったところが。そう思わせる魔力がこの監督にはありすぎましたから。

1996年10月02日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-08-17