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無頼平野


■公開:1995年
■制作:ワイズ出版、ビターズエンド(配給)
■監督:石井輝男
■助監:森谷晁育
■原作:つげ忠男
■脚色:石井輝男
■撮影:石井浩一
■音楽:鏑木創
■美術:丸山裕司
■主演:加勢大周
■寸評:暴力とセックスと変態がかっこいいんだぜ!


 忠男・佐野史郎と尾瀬・金山一彦は売血の行列ができている血液銀行の地下で運び込まれた胎盤から血液を採集するというかなりゲロゲロな仕事をしています。たまに胎児がまざっていたりするそんな職場ですが、忠男はカジノ座(旧・池袋文芸座の建物をロケに使用)の踊り子、ナミ・岡田奈々の大ファンで彼女のレビューを観るのが唯一の楽しみでした。

 ある日、忠男は風で飛ばされたナミのポスターの着れっぱしを追いかけている松葉杖の男に出会います。歳のわりにはタッパのあるその男は、かつてはヤクザをしていたナミの実の父親、リュウ・吉田輝雄でした。

 ああうれしい!この映画を見たとき本当にそう思いました。遅れてきた日本映画ファンとしては実業家に転向してしまった吉田輝雄をスクリーンでもう一度観られるなんてありえないことだとあきらめていましたモン。おかげでわりと最近は京都方面の時代劇や現代劇にちらりと顔出ししてくれるんで、つくづく石井輝男監督には感謝しまくりですよ、ホント。

 サブ・加勢大周とナミの純愛悲恋のエピソードはこのさいどうでもよかったんですが、予想以上の熱演だったので、おっやるなあ加勢!とちょっと見直してしまいました。ですが、相手が黒竜会なんていう名前からしてアナクロパワーが炸裂する暴力団でしかも組長が梶山・南原宏治っていうのはちょっと荷が重過ぎましたね。ベッドシーンも淡白だったし。

 ヒロインを拉致してしまった梶山が抵抗されてかみつかれた手をべろべろ舐めて「間接キッス」と言ったり、「わしは芸術(げいじゅつ、の「げ」にアクセント)が好きなんや、だからあんた(ヒロイン=レビューのスター)が好きなんや」これを金歯ギラギラでやりたいほうだいですから、南原宏治は。

 主人公のサブに対する敵方のやくざ、っていうかギャングですよギャング。平成の時代にギャングなんですよ。スリーピースにソフトという出で立ちが似合う日本人はなかなかいなんですけど、タッパもあってバタ臭いマスクの兄貴分のウィスパー・高品剛(旧・正弘)がロバート・ダビやエドワード・J・オルモスを彷彿とさせてイカスんですよ。別に「肌荒れがひどい」というコト(だけ)ではないですよ。

 それぞれチンピラやってるイキのいい連中がまたステキで、だけど現代っ子なんで顔の区別がつきにくいと判断したのか、監督はマフラーの色やホイッスルもたせたりしてちゃんと個性を出せるように配慮してんですよ。分かりやすいってのはね、単純っていうのとは違うんです。それは客に対するサービスなんです。そういうところ受け止めなくちゃ駄目です、見てるほうも。

 「直撃地獄拳」「網走番外地」「女王蜂と大学の竜」「ギャング対ギャング」かつての石井監督の映画のファンの人たちにはこの映画が総決算のように見えたのでは?

 かっこいい男性二人(父親含む)に命がけで守って貰った上に、体を要求されないなんて、なんて羨ましいヒロインなんでしょうか。すこしはサブに気をかけてあげても良いような気がするんですけど、それじゃダメらしいですね。この映画に出てくる男性はみんな「犬型」。さすが無類の犬好きである石井輝男監督、欲しいものを追っかけ回すのが好きで寄るとさわるとつい喧嘩、追いかけられるのはダメなんです。

 黒竜会と、リュウ、サブが大乱闘するクライマックス。目玉は飛び出るわ、片腕は飛ぶわ、その腕くわえて犬が走るわ、で相変わらず祭りのようなにぎやかさです。傷ついたサブが看取られるのは路上で詩を売っている女・田村翔子というのもこれまた凄い。

 アナクロな雰囲気でありながら、昔は良かったなんて死んでも言わない、そんな心意気が伝わってくる平成の男性アクション映画です。

1996年07月26日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-08-17