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風前の灯


■公開:1958年
■制作:松竹大船
■監督:木下恵介
■助監:
■原作:
■脚本:木下恵介
■撮影:楠田浩之
■音楽:木下忠司
■美術:梅田千代夫
■主演:佐田啓二
■寸評:二枚目が演じる喜劇


 田舎から上京してきたばかりの少年、幸平・田中晋二は上の駅で不良少年・小瀬朗にいいくるめられて東京郊外の一軒家へ強盗に入ることになってしまいます。

 その家には姑の佐藤てつ・田村秋子、てつの息子の金重・佐田啓二、金重の嫁の百合子・高峰秀子、それと小川美代子・伊藤弘子が住んでいます。てつはコツコツとためこんだ小銭を勘定するのが唯一の楽しみ、金重と百合子はその金をひそかに狙っています。金重の体に脈々と流れるてつの血筋、彼もまた懸賞でゲットした高価な賞品のことを横取りを恐れててつには秘密にしていました。

 ったく、なんという家族でしょうか。

 この婆にしてこの息子あり、という感じの一家ですが、百合子の家族もなかなかです。妹のさくら・小林トシ子は金重の賞品に目をつけてちゃっかりと家に上がりこみ、もう一人の妹、あやめ・有沢正子はてつと喧嘩して家を出た美代子の部屋を横取りしようとやってきます。

 ユリにアヤメにサクラ、名前が可愛いだけにこの三姉妹は性根のワルさがよけいに陰湿です。さらに、てつの甥、赤間・南原伸二(宏治)は前科六犯のピストル強盗なのでした。

 金に目のくらんだ人たちが大終結した佐藤家の運命やいかに!

 佐田啓二がケツから転んで、高峰秀子がキレまくります。南原宏治がピストルをぶっ放し、田村秋子は独り銭勘定をしてニヤニヤと笑います。「ドリフ大爆笑」もびっくりのドタバタ喜劇。

 姑のてつ婆に嫌味を言われてすぐに亭主の金重に噛みつく百合子。さかりのついたスピッツみたいにキャンキャンうるさい女房とそれを苦々しく思った亭主があわや喧嘩になりかかると、下宿していた学生達が突然「喜びも悲しみも幾歳月」の主題歌をコーラスし始めます。な、なんて唐突な、と思う間もなく、はたと見つめあう佐田啓二と高峰秀子の夫婦。「オイ、俺達、仲良くしなくちゃな」と佐田啓二の言葉に黙って頷く高峰秀子(なぜか目がウルウル)。

 役者もノリノリなら監督も自分の作品をオカズに1発ギャグをかまします。とにかく笑えるんです。

 新聞の映画案内を見ているてつ婆が「あ〜?『ナントカ山ぶしこう』?へっ、どーせつまんない映画だろ」と吐き捨てる所。う〜んこりゃ「楢山節考」なんですけど、その「楢山節考」は木下恵介監督の次回作品、遊んでる、遊んでる!本題と関係無いところでこういう小芝居がうれしいじゃないですか。

 佐田啓二は終始オロオロする情け無い亭主役で、黒ブチの瓶底眼鏡をかけ、いつも口をポカンとあけていてマヌケ面さらしてます。捕り物騒ぎの時も廊下を駆けずり回って景気良く尻餅をついたり立派なスラップスティックス・ギャグを披露します。

 家出少年を含む不良達はどうみても大したことができなさそうです。この強奪計画もカネに困ってと言うよりは単にエエカッコしいの趣が強いんです。そう、ニューヨークのストリートギャングの度胸試しみたいなもんですね。だから結局は尻尾を巻いて逃げ出すことになりますんで、観客はほっとするんです。

 世相を巧みに取り入れながら、滑稽な人間喜劇に仕立ててしまうのは木下監督のオハコですけれど、、そのなかでも本作品はイチオシです、大好きです。田村秋子の因業ババアと佐田啓二の三枚目ぶりが特に楽しいんです。美男美女個性派俳優がきっちりコメディアン(コメディアンヌ)として芝居をしてくれて、名匠による自作パロディたっぷり、こういうのホントに好きです。

 いつ押入ろうかともたもたしているうちに警官隊がやってきて驚いた不良少年と離れ離れになった幸平が、交番で泣きじゃくるシーンは本当にほのぼのとする善良な場面です。普通の人たちが一皮向くとトンでもない欲望の塊で、風前の灯だなんていうのは、実は佐藤家と不良少年たちは立場がまるで逆だった!というシニカルなオチがいいんです。

 何が不良でなにが善良なのか、ちょっとドキリとさせられる傑作喜劇。

1996年07月05日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-08-17