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博徒外人部隊


■公開:1971年
■制作:東映東京、東映(配給)
■監督:深作欣二
■助監:寺西国光
■原作:
■脚本:神波史男、松田寛夫、深作欣二
■撮影:仲沢半次郎
■音楽:山下毅雄
■美術:北川弘
■主演:鶴田浩二
■寸評:背広にサングラスの鶴田浩二がバリ渋い。


  刑務所を出所したばかりのやくざ、郡司・鶴田浩二は刑務所にいる間に新興やくざ大東会、組長、大場・内田朝雄、幹部の貝津・中丸忠雄に牛耳られた地元・横浜に見切りを付けて、仲間とともに沖縄に渡り地元やくざと抗争しながら勢力を拡大します。やっと一息付いた頃、本土からかつて郡司と仲間の組を潰した大東組が乗り込んで来ます。

 国内で倒産寸前になった中小企業が再起を図るために未開の地に進出し涙ぐましい努力の末に市場を開拓、やっと事業が軌道に乗りかけたところへ大手企業が資本力にものを言わせてあっという間にシェアを横取りするという、まるで日本の産業界の縮図を見る思いですね。

 耐える男の魅力は鶴田浩二に尽きます。しかもこの人の場合は絶対に「斬り死に」がスペックですから観客としてもある意味、安心して見ていられます。

 郡司は出所後、憎い仇の大場の組事務所に乗り込んでいきます。ちょっとお、いきなりクライマックス?と思わせましたが、郡司は大東会の卑劣な「組潰しのカラクリ」をネタに大場を強請って大金をせしめます。こういうところが着流しやくざの仁侠映画とはまるで違う現代的なセンスで、たぶん東映のやくざ映画では数少ない背広姿の鶴田浩二のキャラクターを客に納得させる上手い導入部です。

 本土だと組織のしがらみから抜けれないので当時、まだ外国だった沖縄に新天地を求めて、かつての敵、工藤登・安藤昇とも食い詰め者同士の友情に意気投合、尾崎・小池朝雄 鮫島・室田日出男、イッパツ・曽根晴美、関・渡瀬恒彦、おっさん・由利徹らと旅立つ姿はまるで失われた栄光と青春を取り戻さんとするかのようなどう考えても無理やりな情熱を感じます。

 沖縄の地元やくざの組長、与那原・若山富三郎と狂犬舎弟の次郎(ジールー)・今井健二らをついに力で彼等をねじ伏せて、時には友情を芽生えさせつつ郡司は縄張りを拡大。そこへまたしても大東会が登場、与那原と対立していたやくざの波照間・山本麟一を懐柔します。せっかくせしめた利権を横取りされてはならじと郡司一家は踏ん張りますがそこが中小企業の悲しさなので、物量に勝る大東会に次第に追い詰められて仲間が一人づつ犠牲になります。

 クールでドライな鶴田浩二が終始サングラス姿でとにかくかっこいいです。クソ暑い沖縄(ロケは秋ですが)に黒背広の軍団が上陸するシーンは、製作当時はまだ米国領土だった沖縄でよく撮影許可が降りたと思いますが、50人を超えるやくざの大名行列はけだし壮観です。かつて東宝に所属し、どうみても冷遇されたため東映へ移籍、スタアシステムの中で本当の主役スタアになった鶴田浩二と対決する、組織暴力団の先陣切ってんのが元東宝の中丸忠雄っていうのがちょっと笑えるというか、なんというか。

 敵の攻撃に耐えに耐えて最後にキレる。鶴田浩二の仁侠映画は必ずといっていいほどラストは特攻をかけて全滅するのがパターン。仲間と縄張りとメンツを奪われてコケにされまくった郡司と工藤。この作品でも最後に上陸してきた大東組の行列に残った仲間全員でカチコミをかけて壮絶な死を遂げます。

 わずかな人数に波止場で急襲され右往左往する黒背広の一団をカメラがダイナミックに追いかけます。そして無残な死骸が累々となって静寂が訪れます。この虚無感こそ大人の、て言うか鶴田浩二@やくざ映画の真髄と申せましょう。

1996年07月26日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-08-17