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地獄


■公開:1960年
■制作:新東宝
■監督:中川信夫
■原案:
■脚本:中川信夫、宮川一郎
■撮影:森田守
■音楽:渡辺宙明
■美術:黒沢治安
■主演:天知茂
■寸評:登場人物全員地獄行き。


 仏教系の大学になんか通ってるせいでしょうか、人一倍罪の意識が強い学生、清水四郎・天知茂は、悪魔のような友人、田村・沼田曜一に付きまとわれています。清水は矢島教授・中村虎彦の一人娘、幸子・三ツ矢歌子と婚約しています。おまけに幸子のお腹には清水の赤ちゃんがいたのでした。世界の不幸を一人で背負っているかのような顔の清水ですが、やることはやってたんですね。

 ある晩、天知は沼田の運転する車に同乗していて、ほろ酔い加減で千鳥足のやくざ、志賀恭一・泉田洋志をはねます。現場に戻って助けようと言う清水に対して「君のせいだ」と田村は冷ややかに言います。ようするにここで抗しきれないのが清水の気弱なところで、翌日の新聞で事の顛末を知った清水は自首を決意して、幸子とともにタクシーで駅へ向かいますが、なんと乗ったタクシーがまた事故を起こしてしまい、幸子だけが死んで、清水は助かってしまいます。

 自暴自棄になってキャバレーの女、洋子・小野彰子と知り合い、酔ったイキオイで彼女と寝てしまった清水は、オイオイ恋人が死んだばっかりだっちゅうのになんて奴?ということもないではないですが、彼女が志賀の情婦だとは気がつきませんでした。捨て鉢でアバウトな性格の洋子でしたが、鬼婆のような志賀の母・津路清子(息子は関東弁だったのに、なぜか母親は関西弁)とともに清水に対する復讐を決意します。

 田舎で養老院「天上園」を経営している父、清水剛造・林寛からの電報で母、イト・徳大寺君枝が危篤だと知った清水が帰郷してみると、隣町には娘を失って気が狂った妻・宮田文子を連れた矢島教授が来ており、どういうわけか田村も姿をあらわします。天上園で地獄絵を描いていた谷口円斎・大友純の娘、サチ子・三ツ矢歌子(二役)は死んだ婚約者にうりふたつでした。

 清水の後を追ってリベンジャー、母娘(正確には実母と内縁の妻)も到着し、女狂いのあげくに補助金のピンハネで高笑いの清水の父親、その父親にたかる妾・山下明子、ろくな手当てもせずに入園者を殺しまくる悪徳医者、ゴシップ記事で自殺者を出した新聞記者、とまあ人間のクズどもが繰り広げる壮絶な死のバトルロイヤルがスタート。

 次から次へと登場人物が絵に描いたようにバタバタ死んでしまい映画の後半は主人公が夢想する「地獄」の描写が延々と続きます。「針の山」「釜茹で」「賽の河原」「血の池地獄」がビジュアル化されて懇切丁寧に描かれ(若山弦蔵の渋いナレーション付)るところはなかなかシズル感に溢れていて当時としてはいい感じです。地獄と言うのは人間の想像の産物で全ては「良心の呵責」が見せる「バーチャルリアリティ」というのが仏教の解釈ですが、実にその美術チームのアイデアの勝利というところでしょうか、本当に人間の不快感と恐怖心をツンツンと刺激します。

 一番グロテスクなのが「生皮はぎ」。これはCGではなく(当り前ですが)全部、本物の作り物(って言うのも難だけど)。天知の父親が受ける業罰ですが首から下の「皮」をずるりと剥ぐと、肉が所々付着した肋骨の中で肺や心臓がぴくぴく動く。白目を剥いて喘ぐ父親の断末魔の表情がとにかくエグイです。

 鬼に手首をちょんぎられたり、歯をへし折られたり、舌を切断されたり、とにかくスプラッターなシーンがてんこもり。こうなると役者も大変ですが、特に大変だったのは妾の山下明子。鉄砲階段から転落して白目むいたり、首をひっこぬかれたり、釜茹でされたり。当時のギンギンに暑いカラー用照明にさらされ泣いて叫んで大活躍。なんかやけくそな感じすらします。

 迫力満点の閻魔大王は嵐寛寿郎。天知茂の「暗澹たる」表情をさらに助長するのが沼田曜一の陽気な狂人です。「他人の幸せを妬み篭絡する」という人間として最も卑劣な行為をした沼田は、地獄で肉体を切り刻まれる業罰を受けますが苦しみ悶えながら「人間を呪い続けて」ゲラゲラ笑います。いかなる地獄の拷問よりも恐ろしい「罰」は人間性の喪失であるということを全身で演じきった沼田曜一は、その後、生まれ変わったのでしょうか「あずきまんまのうた」など地方の民話の語り部として全国を行脚しています。

 強烈な残虐シーンが続いた後、地獄には時間がない、だからでしょうか天上園は業火につつまれ時計は止まったままです。その地獄から幸子とサチ子の清らかな魂が淡いピンク色の霧につつまれて昇天していきます。こうした美しいシーン、本当にやさしいシーンでこの、類まれな地獄映画は終わります。

 「女吸血鬼」で天知茂を抜擢した中川信夫監督は「東海道四谷怪談」に続き、本作品でも天知茂のニヒルさを苦悩する魂を表現する最高の素材として生かし、天知茂も(この人はいつもですが)一生懸命に演じます。三島由紀夫も絶賛した「東海道四谷怪談」とともに、本作品も予算的にはかならずしも恵まれているとは言えませんが、完成した後の作品にはそうした悪環境がほとんど感じられません。客には絶対に苦労や努力を見せびらかさずに、夢と癒しでもてなしてくれる。昔の映画人の素晴らしさを最も堪能させてくれる監督の一人が中川信夫だと思います。

1996年06月10日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-08-17