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黒い画集 ある遭難


■公開:1961年
■制作:東京映画、東宝(配給)
■監督:杉江敏男
■脚本:石井輝男
■原作:松本清張
■撮影:黒田徳三
■音楽:神津善行
■美術:小野友滋
■主演:伊藤久哉
■寸評:山岳サスペンス映画の秀作。


 石井輝男の脚本は松本清張の「らしさ」を余計な仕掛けをせず、きっちり伝えてわかりやすいです。カルトの巨匠なんて石井輝男は最近言われてますが、きっちりしたホンが書ける人だからこそのハチャメチャなんですよね。

 松本清張原作の山岳遭難サスペンス。あるパーティーが鹿島槍で遭難して若い岩瀬秀雄・児玉清だけ転落死します。登山のベテラン、江田昌利・伊藤久哉がリーダーをしていたのになぜこのような事故が起きたのか?被害者の姉、岩瀬真佐子・香川京子は弟の死に疑問を抱いて従兄弟の槙田二郎・土屋嘉男に相談します。警察の調査でも何ら犯罪性はなく単なる事故死と断定されます。

 主な出演者が実際に鹿島槍にロケーションしたクライマックスが圧巻です。

 江田が仕組んだ山の気象や山岳特有の現象などを利用した一見偶然に見える小さなトラップを槙田がひとづつつ解析していくシーン。実は秀雄は江田の女房と浮気していて、それを知った江田がひそかに復讐の機会を狙っていたのです。

 ここから江田のネチッこい殺人計画はスタートします。登山前夜、密通の事実をほのめかして秀雄を睡眠不足に陥れ、さらに不規則に休憩を取り経験の浅い秀雄のせいであるかのように装いつつ、わざとコースを外したりして、秀雄の疲労がピークに達したところで天候の異変を予見。雨の中、寒さと疲労で高山病にかかった秀雄が狂走し谷底へダイブするのを見殺しにします。

 江田は秀雄と女房の浮気が判明しても、槙田に追い詰められても終始顔色一つ変えないのがかえって不気味ですがつまりそれだけ嫉妬のパワーが凄い人、執念深い人だというのがよく分かります。黒眼鏡がよく似合いますし。そういえばこの人は「三大怪獣 地上最大の決戦」のときも若林映子を付け狙う暗殺団のリーダーで黒眼鏡でしたね。最後に崩れてきた岩を真正面で抱きとめて雪崩式のブレーンバスター状態になりもろとも崖に転落した人だし。

 すーっとした二枚目なところが冷たさを感じさせるんでしょうかね。こういう役が多いような気がします。

 槙田に様々な工作を暴かれた江田は雪渓で槙田の足元の雪をハーケンで崩し、彼も滑落死させてしまいます。大人しい顔の割にはやることが最悪です。これで何の証拠も残らないと一人ほくそえむ江田の頭上から雪の塊が落下。雪崩が発生し、彼も呑みこまれてしまいます。山の掟を破ったものに下った天罰なのでしょうか。

 ところがこのシーン、あまりにもタイミング良く雪が崩れるのと伊藤の「わーっ」というちょっと大仰な芝居のおかげで制作者の意図とは裏腹に場内に笑いを誘ってしまうのがちょっと悲しいところでした。

 出演者が地味なのと監督がマイナーな杉江敏男なのでイマイチ知られていない作品ですけど、映画の後半は伊藤久哉と土屋嘉男のほぼ二人っきりで、男同士の息詰まる(高山はホントに空気が薄いから、というわけではないですよ)対決の緻密さは登山の知識がなくても引きこまれます。ヘンに派手な芝居が出ないだけに、じっくりとスジを追って行けるし、特に山の好きな人には楽しめる一遍なんじゃないでしょうか。

1996年07月05日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-08-17