江分利満氏の優雅な生活 |
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■公開:1963年 |
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おもしろくない、何をしてもおもしろくない。三十六歳の江分利はぼやく。 山口瞳の自伝的小説を容姿がソックリの小林桂樹が演じます。江分利(小林)は何をしても冴えない洋酒メーカー(サントリー、トリスじじいのアニメも登場)の宣伝部員。毎日、酒を飲んでは他人にカラみまくるのです。 ニワトリしか罹らないテンカンみたいな病気を持っている妻・新珠三千代、元戦争成金のボケ親父・東野英治郎、元気な長男。ある日、江分利のところへ週刊誌の編集長・中丸忠雄が小説執筆の依頼をしに来ます。酒飲んでクダまいてる見事な冴えないサラリーマンの江分利に目をつけた編集者が原稿を依頼したのを、酔っ払っていたのでホイホイと引きうけてしまった、というわけなんですね。 完成した小説は、戦中戦後をヒーヒー言いながらなんとか生き抜いた「市井の人=江分利(everyman)」を主人公にした自伝的なものでしたが、これがなんと直木賞を受賞してしまいます。 戦後世代の隣人・江原達怡と服装を比較して江分利はぼやくのです。通勤途中に背広姿からいきなり下着姿になり「新しいランニングはサイズが大きくて乳頭が出てしまうので都合が悪い」とか「ブリーフは嫌い、サルマタが一番」なんて解説しながら歩いて行きます。戦争で会社を興したり潰したり放蕩の限りを尽くした親父の話、学徒出陣、結婚、そして長男が誕生、江分利の人生のエピソードが、淡々と語られます。 江分利の家に下宿していた星条旗新聞社の特派員・ジェリー伊藤が「たどたどしい日本語」でいい味を出してます。ジェリーは江分利の長男出産の当日、停電になってしまった自室で、酒を持ってきた江分利と感激しながら酒を酌み交わします。江分利の母親が死んだときも日本の葬式にめんくらった話をして江分利を慰めようとしてくれるのです。 なんて言うんですかね、戦争直後の進駐軍そのものっていうか、アメリカ人の一番いいところをジェリー伊藤に体現させてるんですね。屈託がないってところ。それが眩しくて、羨ましい、日本人代表の江分利。 長男にグラタンを食べさせたその日、父親になったことを実感するシーンがいいんです。口を開けて江分利が差し出すスプーンを必死にくわえる長男。「俺に全部頼っている、俺がいなくなったらこいつはどうなるんだろう」という責任感の自覚らしきものに江分利は感極まって涙するんです。戦中戦後の動乱期を一生懸命、誠実に生きてきた平凡な大多数の日本人。 冒頭とラスト、江分利の会社の屋上。昼休みです。若い社員たちが屋上でバレーボールやコーラスに興じているシーン。建設現場の杭打ち機のリズムにあわせて歌う「おおヒバリ」。日本はこれから高度経済成長するところだったんですよね。それは江分利たち旧世代の大人たちの時代の終りでもあるんです。 大上段に構えた「日本のいちばん長い日」のような肩の力も入ってない。「独立愚連隊」に見られたカタルシスもない。でも岡本監督の本領は、実はこの作品なんじゃないですかね。スマートでもモダンでもない、戦中派のボヤキ、これですね。 (1996年08月17日) 【追記】 |
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※本文中敬称略 |
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file updated : 2003-08-17