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結婚のすべて


■公開:1958年
■制作:東宝
■監督:岡本喜八
■脚本:白坂依志夫
■助監:松森健
■原作:
■撮影:中井朝一
■音楽:馬渡誠一
■美術:阿久根厳
■主演:雪村いづみ
■寸評:岡本喜八監督のデビュー作、ノンクレジットの大物が多数「友情出演」


 本作品のナレーションは小林桂樹。小林桂樹の「声」はディズニーの「わんわん物語」(昔のやつね)の「のら公」でもお墨付き。

  姉・新珠三千代は楚々とした貴婦人で大学教授・上原謙の夫と平穏に暮らしています。久しぶりの外出だというのにこの夫はどんくさいコートにコウモリ傘を手放さず、寄り道しようという女房をほったらかして先に帰ってしまう朴念仁です。妹・雪村いづみはなんでもズケズケものを言う(当時の)現代娘。妹が生真面目な学生・山田真二に恋をしました。女優志願の娘の想像力はモチのように膨らむが、実は学生には同棲している女がいたのです。

 失望した妹は兄の知り合いで有閑マダムと「期限付の契約結婚」をしている男・三橋達也を知ります。興味津々付き合ってみた妹だったが結局、空しさばかりがつのりました。妹は結局、モッサリして「平凡すぎる」と思っていた見合いの相手・仲代達矢と結婚してみることにしました。

 上原謙の朴訥ぶりが新鮮ですねえ。丸メガネをかけて東北弁で喋る天下の二枚目なんてこれくらいのもんですよね。上原は自宅に招いたC調な学生・加藤春哉にもまじめに講義してあげます。ところが学生は彼女ができたばっかりだったので、講義はうわの空、妻の新珠三千代の美しさに見とれてしまうのです。学生が「きれいな奥さんですね」と褒めると講釈に夢中の上原が「うん」と素っ気なく返事をします。これを聞いて新珠三千代はがっかりししまうんです。

 浮気をしかかって多少うしろめたい新珠が夜遅く帰宅すると、加藤春哉が彼女との結婚を報告に来ていました。上原の自宅の門柱のそばで誰はばかることなくキスする二人の腕がチャイムを押してしまいます。家の中で何回もチャイムが鳴るのを聞いている上原謙と新珠三千代。新珠三千代は遅い帰宅を問い詰めもせず優しく迎えてくれた上原謙に感激しつつ、若い学生の情熱的恋愛にもあこがれて夫婦は無事元のさやに収まります。

 雪村いづみは最初に惚れた山田真二が女給・団令子とデキていたのを知ってショックを受け、契約結婚に飽きていた三橋達也に身を任せようかな、と思うんですが結局、上原謙夫妻を見て「平凡こそ理想の夫婦」と思いなおすんです。

 岡本喜八監督のデビュー作ということであっちこっちにオッという顔が見えて楽しいです。撮影所時代ならではのホノボノさが良いんですよね。そして皆、岡本監督の常連になっていくわけだし。

 新劇のけいこをしている演出家がちょっとオカマっぽい三船敏郎。けいこをしている男優が中丸忠雄。キャバレーで女にビンタ入れる男が佐藤允。歌手がミッキーカーチス。バーの「かわいい坊や」が宇野晃司岩本弘司(馴染みのない方に説明しておくと、ご両人とも「かわいい」という形容詞から200光年くらい遠方にある面構えの方々)。クレジットに名前が出ていないんですがバーの客で田崎潤がフラリと姿を見せたりするんです。

 雪村いづみの機関銃のようなしゃべりをはじめ、映画全体がリズミカルでハイテンポ。妹は最後までピーチクパーチクとうるさいが結局、くっつく相手が仲代達矢なら文句ないと思います。

 メーテルリンクの「青い鳥」なんですね、この映画は。幸せは実はとても身近なところにあって誰もそれに気がつかないっていうおとぎ話。

 このプロットは小津安二郎監督の「淑女は何を忘れたか」およびそのリスペクトともいうべき市川崑監督の「あの手この手」と似てます。上原謙の役どころに斎藤達雄=森雅之、新珠三千代のほうは栗島すみ子=水戸光子、雪村いずみは桑野通子=久我美子。そして白馬の王子様である仲代達矢の役には佐野周二=堀雄二。

1996年08月17日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-08-17