影の車 |
|
■公開:1970年 |
|
この事件を影で、しかも黒魔術かなんかで操っていたのは岩下志麻だと筆者は思うんですけど、根拠ないですけどビジュアル的に、、、、どう? 子連れの未亡人・岩下志麻と深い仲になった妻・小川真由美のある男・加藤剛はいつからか、連れ子が自分を憎んでいるのではないかという幻想に取りつかれます。男は自分が小さい頃、自分の母親の愛人を事故に見せかけて岩場から転落死させたことがあったからです。 未亡人の家の縁側でうたたねをしていると急に息が苦しくなります。閉め切った室内でガスの元栓が開かれていたのでした。子供が差し出した饅頭を食べてみるとこれがなんとネコイラズが仕込まれたもの。男はいつかこの子供に殺されるのではないかという妄想にマジで悩まされます。 ある日、男は未亡人と子供と3人で信州へスキー旅行に出かけました。早朝、男が目を覚ますと子供の姿が見えない。どこへ行ったのかと戸口に出てみると、鎌を持った子供が笑いながら立っています。男は恐怖に駆られて、発作的に子供を締め殺してしまいます。逮捕され取り調べを受ける男に「5歳の子供が人殺しなどするわけがない」と質す刑事・芦田伸介。ですが「子供にだって殺意はあるんだ」と男は虚ろに答えるのでした。 たとえばうっかりガスの元栓をひねってしまうとか、母親が仕掛けたネズミの毒餌を知らずに出して(あるいは食べて)しまうとか、鎌を持ち出したのだって都会育ちの少年には珍しいオモチャに過ぎなかったはず。そんなものは子供の悪戯、単なる事故の範囲なのだが、やはり彼を追い詰めたものは幼少時代の殺意の記憶がトラウマになっている主人公には全部、悪いほうに考えられちゃうんですね。 加藤の母親と愛人・滝田裕介がいちゃいちゃしている、主人公の幼い頃の記憶が映画の随所に挿入されます。これがちょっと火炎色のような、当時は不可能と言われたソラリゼーション(多層分解処理)の不思議な趣のある処理となっていて、彼の心に重くのしかかっているイメージを効果的に演出していました。これは当時としては不可能ではないかといわれていた技術なのだそうです。 普段、清廉な印象の強い加藤剛ですけどこのような神経の弱そうな男を演じてもぴたりとはまります。黒縁眼鏡の奥底から連れ子を見る視線がかなりアブナイ感じでグーです。ラストシーンで殺害されたはずの子供が雪の中でたったひとりでブランコを漕いでいる場面は哀れというよりモノすごーく不気味でした。 野村芳太郎と加藤剛のコンビはこの後、「砂の器」という名作を生み出します。そこでも証明済みですが本作品でも、日本の四季の美しさをドラマチックに撮りあげる川又昴の写真がとてもきれいでした。 (1996年08月17日) 【追記】 |
|
※本文中敬称略 |
|
file updated : 2003-08-17