平和を願う祈り
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平和を願う祈り



2000年前、イエスはエルサレムの都を見て、涙を流されました。


聖書にはこう書かれています。


エルサレムに近づき、都が見えた時、
 

イエスはその都のために、泣いて、言われた。
 

“もし、この日に お前も、平和への道をわきまえていたなら ――
 

しかし、今は それが お前には見えない”
 

2000年前のイエスのこの嘆きが、今も聞こえてきます。
 

いったい いつになったら、人は、憎しみあい、傷つけあうことをやめるのでしょう。
 

おのれの正義、正当性のためには、相手の生命の尊厳には全く敬意を払わない、
 

人間のおろかさに、驚きと悲しみ、戸惑いを感じます。
 

けれどもやはり、私たちは、キリストの復活の内につねに希望を持っています。
 

イエスは、“今はお前にはそれが見えない” とおっしゃいました。
 

人間が憎しみあい、殺しあうことの愚かさに気付き、互いを尊重し、
 

互いの痛みを共感できるように、
 

こういった争いに一日も早く終止符を打つことができるように、
 

そして世界に真の平和が訪れるように、
 

犠牲となった 多くの方達、子供たちへの追悼の気持を込めて、
 

今、このホームページを御覧になった方も是非、キリスト者であろうとなかろうと、
 

心を合わせて一緒に祈りましょう!!

 

∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ 平和を求める祈り ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

わたしを あなたの平和の道具としてお使いください。
 

憎しみのあるところに愛を いさかいのあるところにゆるしを
 

分裂のあるところに一致を 疑いのあるところに信仰を 誤っているところに真理を
 

絶望のあるところに希望を 闇に光を 悲しみのあるところに
 

喜びをもたらす ものとしてください。
 

慰められるよりは慰めることを 理解されるよりは理解することを
 

愛されるよりは愛することを わたしが求めますように。
 

わたしたちは与えるから受け ゆるすからゆるされ
 

自分を捨てて死に 永遠の命をいただくのですから。

 

(アシジの聖フランシスコ)

Lord, make me instruments of your peace.
Where there is hatred, let me show love;
Where there is injury, your pardon
Where there is doubt, faith;
Where there is despair, hope;
Where there is darkness, light;
And where there is sadness, joy.
 

Divine Master
Grant that I may not so much seek
To be consoled as to console
To be understood as to understand
To be loved as to love.
 

For it is in giving that we receive
It is in pardoning that we are pardoned
And it is in dying that we are born to eternal life.
 


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