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イエスはその都のために、泣いて、言われた。 “もし、この日に お前も、平和への道をわきまえていたなら ―― しかし、今は それが お前には見えない” 2000年前のイエスのこの嘆きが、今も聞こえてきます。 いったい いつになったら、人は、憎しみあい、傷つけあうことをやめるのでしょう。 おのれの正義、正当性のためには、相手の生命の尊厳には全く敬意を払わない、 人間のおろかさに、驚きと悲しみ、戸惑いを感じます。 けれどもやはり、私たちは、キリストの復活の内につねに希望を持っています。 イエスは、“今はお前にはそれが見えない” とおっしゃいました。 人間が憎しみあい、殺しあうことの愚かさに気付き、互いを尊重し、 互いの痛みを共感できるように、 こういった争いに一日も早く終止符を打つことができるように、 そして世界に真の平和が訪れるように、 犠牲となった 多くの方達、子供たちへの追悼の気持を込めて、 今、このホームページを御覧になった方も是非、キリスト者であろうとなかろうと、 心を合わせて一緒に祈りましょう!! ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ 平和を求める祈り ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
わたしを あなたの平和の道具としてお使いください。
憎しみのあるところに愛を いさかいのあるところにゆるしを
分裂のあるところに一致を 疑いのあるところに信仰を 誤っているところに真理を
絶望のあるところに希望を 闇に光を 悲しみのあるところに
喜びをもたらす ものとしてください。
慰められるよりは慰めることを 理解されるよりは理解することを
愛されるよりは愛することを わたしが求めますように。
わたしたちは与えるから受け ゆるすからゆるされ
自分を捨てて死に 永遠の命をいただくのですから。
(アシジの聖フランシスコ) Divine
Master For it is
in giving that we receive
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